母親の介護歴20年目 サイトの執筆者

ケイさん自己紹介
ゆみこさんの長男で一人息子、昭和40年代生まれの50代。現在の仕事は会社員で毎日お勤めに出ながら親の介護を自宅で朝晩世話している。コロナ禍で在宅勤務のときは在宅介護が出来てよかったのですが、コロナ禍が収まりの現在は在宅勤務解除になり出社しないとならないので自宅介護時間が減った。
私の仕事は新しいプロジェクトが始まると残業が多く、帰宅時間は22時過ぎになることが多い。当然ながら昼間は自宅を留守にすることが多いので、訪問ヘルパーが母親の介護に巡回してくれている。
母親の自宅介護世話をするのが嫌だった時期
母親が自宅介護を必要となったのが59歳のとき、今年2024年で78歳なので19年目になる。当時は親の面倒を診るのが嫌でたまらなかった、当時30代前半の私は体力もあり仕事も忙しく、仕事終わりにお付き合いで呑みに行くことも多かった。
遊びたい時期でもあり、酒を飲んで酔って帰宅すれば要介護の母親から愚痴を言われ「なんで私が動けないのに夜遅くまで酔っぱらって飲んで帰ってくるの?」とお説教され、気分を害したころだった。
排泄物処理の介護がつらいと感じること
介護のつらいことランキング上位に入るであろう排泄物処理、糞尿の世話について、自宅で親の介護を始めたばかりの頃、深夜に酒に酔って帰宅してから、嫌々ながら母親のおむつの交換、糞尿の処理をすると悪臭に耐えられず余計な言葉をひとこと、ふたこと文句を言ってしまった。
こういう余計なひとことが喧嘩原因で「自宅介護がきっかけで親子関係が不仲になった」と感じていた。いま思えば「言葉の暴力」を母親にした自分を後悔している。
母の介護記録ブログを書くきっかけになった出来事
親の介護を自宅ですることは大変で疲れる、本音を言えば介護するのは嫌だけど自分の親なので避けては通れない。ましてや一人っ子なので兄弟姉妹に共同分担することも不可能。そうなると一人っ子の責任は重く子供が親の介護世話する責任が生じてくる。
年齢も50歳代になり、自宅介護が始まった30歳代よりも自分を犠牲にして、母親の面倒を診てきたつもりだ。そこへ自分の病気が発見されて入院手術が必要となった。自分の留守中の母親の介護は準備してきたが、どうしても入院中に気になってしまう。
自宅介護を初めて約20年経ち、自分自身も年齢が50代になり介護を必要とする親の気持ちを理解するようになったこと、今後のために介護の記録を残そうと思ったのが介護日記ブログを書くきっかけになった。
もうひとつ理由を付け加えると、入院生活で自分の身体が思うように動かせなくなり看護が必要になったこと、我慢できない痛みに苦しんだこと、看護師に頼ってしまう入院患者のケアに感謝の気持ちを感じたこと、自分が痛みを感じ初めて他人の痛みを知るが大きな理由だ。
ブログ名の由来
「お母さんごめんね最期は自宅で看取るから」というサイト名が長すぎだと思った方が思いましたが、ブログを書くとき題名決めに悩んだのです。
「介護日記」「介護記録」では一般的すぎるが無ければ介護関連とわからないのでつけた。「おかあさんごめんね」はいま母親の介護を頑張ってるけど、過去の介護接合で介護される側(要介護者)の気持ちを理解不足だったので謝罪の気持ちをこめてつけた。
偶然にも同じことを感じてる方がいらして、母親の介護をした方の本があったので紹介しておきます。まだ本を読んだことないけどきっと私と同じ気持ちなんだろうと共感。
お母さん、ごめんね。 | 大沢 逸美 |本 | 通販 | Amazon
女優と恋と母の介護、たったひとりでどうすればいいの? 女優の仕事をこなしながら約10年にわたって母の介護を続けた著者。その半生や介護の記録を母が残したメッセージ
このサイトの記事が自宅介護をされている介護者、要介護者の方や介護サービス関係者に読んでいただき、介護の悩み、家庭の悩み、在宅介護か施設介護のどちらが良いか悩んでいる方に少しでも役立てばと思います。